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ジャコメッティ「終わりなきパリ(PARIS SAN FIN)」について

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2016年3月31日、兵庫県立美術館ジャコメッティのラフスケッチを観て、いたく感動した。
ジャコメッティは、中学の美術の教科書で習ったぐらいで、「細長いヘンテコな人物の彫刻をつくる人」という程度の認識しかなかった。
だから、あのヘンテコな彫刻をつくるジャコメッティが、そもそも絵を描いていたなんて!という驚きもあったし、何より作品が素晴らしかった。

 

そのラフスケッチは「終わりなきパリ(PARIS SAN FIN)」という版画集の一部らしい。
制作手法についての知識がなく、版画と言われてもいまいちピンと来ないが、そこに描かれている風景がパリの風景であることだけはひと目でわかった。
カフェのテラスから見えるオシャレな街並み、重厚感あふれる調度品に囲まれたカフェ店内の様子。
パリに行ったことはないけど、映画やテレビ番組などで紹介されるパリの街角のイメージそのままだったので、僕にもそれがパリだとすぐわかった。

 

特に、線のもつ表現力の豊かさに感動した。「芸術家は、こんなにもラフな線の連なりだけで、こんなにも多くのことを表現できるのか」と驚いた。
色もついていない、明らかに数分で描いたであろう線の連なりが、僕に一瞬で「あ、パリだ」とわからせるほどの情報量を持たせることができる。
ジャコメッティがその時、その目でみて感じたパリの情景がありありと伝わってきた。
近くにいる人物の圧迫感、目の前にある柱の重厚感、カフェ店内の少し慌ただしい様子、建物の隙間から見える空の開放的な感じ。
ジャコメッティの視界をそのまま紙に写しとっただけではない。その場の雰囲気や、その時の時間の流れまで、過不足なく表現されているスケッチだった。
適当に引いたように見える線の一つ一つが意味をもって、スケッチの一部となっている。

 

「線が面を構成し、面が空間を構成する」ということは、情報として知っていても、実感できたのはこのジャコメッティのスケッチがはじめてだった。
線が面を構成し、面が空間を構成する。なるほど、たしかに、そうなっている。ジャコメッティの、このラフスケッチは線だけで面も空間も表現できている。
さらに、ジャコメッティに限って言えば、線で、面や空間だけでなく、情感まで再現することができている。

 

このスケッチを見るまでは、パリに興味はなかったし、さらに言えば風景画にも興味がなかった。
もともと、単純な形や色の組み合わせで観る者を圧倒させるような抽象画が好きだった。
絵画の前に立って、色彩の美しさや、キャンパスや絵の具の質感、形の面白さに圧倒されるのが好きだった。
いつか、中之島国立国際美術館で観た、キャンパス一面が青の絵の具で塗られただけの絵は忘れられない(誰の作品だったかは忘れた)。
その絵画の前に立つと、視界一面が、その独特の青に染まって、不思議な気分になった。
風景画をみるのは、まだ見ぬ異国の地に思いを馳せる暇のある、おじいさんおばあさんだけだと勝手に思っていた。

 

しかし、このスケッチを観て、風景画はただ風景を切り取っただけのものなのではなく、芸術家の視点(「視界」ではなく)そのものを写しとったものなのだと学んだ。
芸術を真剣に見つめてきた芸術家、いわば芸術のプロが、自然や街の景色をどのような視点で見て、何を感じているのかを、風景画から読み取ることができる。
普段、何気ない景色を何も感じずにやり過ごしている僕だが、今回ジャコメッティのスケッチを観たことで、芸術家の視点を疑似体験できる風景画にも興味が出てきた。

 

なんて素敵なパリなんだと思った。ジャコメッティが見て感じたパリを僕も体験してみたい、パリのカフェのテラスで、建物の隙間から見える空の開放感に僕も感動してみたいと思った。
風景画の魅力と、芸術家の技術の凄さの両方を教えてくれたスケッチだった。以上。