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「正しいこと」と「楽しいこと」

先日、彼氏と喧嘩をしたときに、話し合ったことが興味深かったので、書く。


僕らは、三年間付き合って、その間に数え切れないほどの喧嘩をした。
くだらないこともあったし、お互いに許せなくて長期戦になったこともある。一度は一ヶ月ほど、距離をとっていたこともある。
そのほとんどが、僕から言い出したものだ。
僕は、彼の考え方や、言動に引っかかるものがあると、つい我慢できずに、言ってしまうのだ。


しかし、僕は、それで喧嘩をしてしまうことに、後悔はなかった。なぜなら、喧嘩をすることで、今後もう二度とその火種で争いが起こることはないだろうと考えていたからだ。
僕が、わざわざ二人の大事な時間を費やして喧嘩をする理由は「二人の関係の改善のため」だった。
何か意見の不一致があったときには、お互いの「正しいこと」をぶつけあう。
そして、その二つの「正しいこと」をすり合わせて、お互いが納得できるポイント、つまり二人の間だけの新たな「正しいこと」を見つけ出す。
ちょうど、ヘーゲル弁証法で「正」「反」に対して「合」が導き出されるように。
その作業が喧嘩であって、喧嘩の繰り返しで、二人の関係は、今よりも未来のほうが良くなるだろうと僕は思っていた。
二十年、喧嘩をし続ければ、その後三十年は喧嘩をせずに仲良く暮らせるだろうと思っていた。
また、それぞれが一方的に思い込んでいる「正しいこと」が、もし間違っていた場合は、喧嘩をすることで誤りが正される。そうやって、お互い自分の間違いに気づくことができて、成長していけるんだと思っていた。
それが、僕の考える喧嘩の意義だった。また、この考え方は何度か伝えてあったので、彼も理解しているものと思い込んでいた。


しかし、先日の喧嘩で、もうこんなにいっぱい喧嘩をするのは嫌なんだと彼から伝えられた。
彼は「二十年、喧嘩をし続けて、その後三十年、喧嘩をしないという保証はない。そんなことより、多少は我慢しても、今、二人で楽しく過ごすことが大事なんじゃないか」と言う。
「正しいこと」を押し付けられることにもう疲れたんだ、と。
僕は、勝手に「止揚」して「合」を見つけられたと思っていたけど、彼からすれば、ただ僕の「正しいこと」を一方的に押し付けられたに過ぎなかったみたいだ。
思い返してみれば、僕は今までの喧嘩で、どちらが正しくて、どちらが悪いか、決着をつけたがっていたように思う。その上で、今回はお互いに話し合いをしてここに着地したんだと自分で納得したがっていた。
それが彼の負担になっていたようだ。
お互いにとって「正しいこと」よりも、また、いつ到達できるかわからない「明るい未来」よりも、いま、この時間を大事にしたいと言う。
「正しいこと」よりも「楽しいこと」を優先したいと言う。「オカンみたいにガミガミ言わんでくれや」と言う。


確かに、僕にとっても、喧嘩は楽しくなかった。お互いに大きな負担になる。言い争いをして、とても疲れる。結構派手にやることもあったので、事後処理も大変だった。
せっかくの週末を喧嘩だけで終わらせるのはもったいないとも感じていた。
しかし、僕らは、この先何年も一緒にいるからこそ、今必要な作業なんだと思っていた。将来、なんにも我慢せずに一緒に生活するために今必要なことなんだ、と。
もし、彼が単なる友達だったら、そんなに何回も喧嘩したりしなかった。大事な存在だったから、わざわざ言い争っていたのだ。それが僕の言い分だ。


彼は、僕の、この弁証法に則った「積極的に喧嘩をふっかけていくスタイル」をビジネス的だと言う。
何か問題があって、当事者同士で話し合いをし、最終的にお互いが納得できるところで落とし前をつける。利害関係の調整というやつだ。
しかし、僕らは恋人同士だ。
確かに、彼の言うように、いまこの時の「楽しい」時間を優先して、なにか気になるところがあっても、ぐっと我慢してやり過ごすべきなのかもしれない。


でも、そうしたら、ずっとお互いの嫌なところを我慢し続けないといけなくなるんじゃないか、と僕は思ってしまう。
ずっと我慢し続けるくらいなら、今言ってしまったほうがいいんじゃないか。また、お互いのダメなところを指摘しないでいたら、お互い何も成長しないままなんじゃないか。
でも、確かに、喧嘩は疲れるしな。

 

結局、それぞれの考え方をめぐって、二人の間で、結論は出なかった。
楽しいこと、正しいこと、どちらを優先すべきなのか。臨機応変に対応できればいいんだろうけど、僕らはそんなに器用ではない(また、喧嘩をしないで、紳士的に「正しいこと」を歩み寄らせるやり方もあると思うが、僕らにそんな器用なことはできない)。
この平行線は、僕らの大きな課題だ。
しかし、三年間、ずっと僕の「正しいこと」を優先して、喧嘩をし続けるやり方で過ごしてきて、それが彼の負担になっていたらならば、これからは、一度彼のやり方で過ごしてみようと僕は思う。
三年間、僕のやり方を通させてもらったのだ。そして、それが二人の間でうまくいかなかったのならば、今度は彼のやり方でやってみればよい。
彼のやり方で、うまくいけば、それで問題はない。うまくいかなければ、また話しあえばよい。


僕は、気の許した相手には、つい言ってしまうタイプで、また機嫌がもろにあらわれてしまうタイプなので、ぐっと我慢して「今このときを楽しく」というルールを守れるか、正直自信がない。
しかし、頑張ってみようと思う。
まだ、終わらせたくない。
三年間、僕は何事に対してもあまり頑張ってこなかったが、彼との関係だけは真面目にやってきたのだ。まだ、終わらせたくない。
彼が喧嘩にほとほと疲れていて、僕がまだ関係を続けたいと思うなら、今は僕が変わるしかない。ぐっと我慢して、彼の嫌なところにも目をつぶって、今この時間を大切にしてみようと思う。