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仕事と日

働きはじめて、数ヶ月が経った。
研修中なので、実際にはまだ「働いている」と言える立場ではないかもしれない。利益を生み出してはいないもの。
が、とにかく、毎日休まず会社には行っている。
会社に言って、日が沈むまで時間を過ごし、家に帰って、寝る。


「働くってなんだろう」とアホみたいな疑問が自然と浮かんでくる。
働くってどういうことだろう。なぜ働かないと生活できないのだろう。なんのために働いているのだろう。
お給料は生活費で消える。僕は、生きるために働いているのか、働くために生きているのか。
こういう疑問は、社会に出る前に解決しておくべきなのかもしれないが、アホなので、実際に働いてみるまで考えたこともなかった。


ヘーシオドス 仕事と日 (岩波文庫)

ヘーシオドス 仕事と日 (岩波文庫)



救いを求めて、ヘシオドスの『仕事と日』を買ってみたが、神話ばかりで意味がわからない。
神々に真理を求めるのは、科学的実証の無い当時の自然科学としては立派なのかもしれないが、ギリシアの神々に労働を語られたって、今の僕には何の役にも立たない。


そもそも、彼らの時代の「働く」と私たちの時代の「働く」は意味が根本的に異なるように思う。
彼らの時代の「働く」は「自分(とその家族、仲間)のために成果をあげる」ことを意味する。
働いた結果は、直接自分に返ってくるのだ。農作物なり、畜産物なり。
働いて、小麦が実ったら、楽しいだろうなあ。古代ギリシャにタイムスリップしたいわ。


僕が働いて、何を生み出すのだろう。なぜ、自分は他人の利益のために働いているのだろう。なぜ直接、自分のために働かないのだろう。


親の扶養を離れて、自由になった。僕は、一人で生きている。誰からの援助も受けずに、自分一人だけで生きている。
しかし、一方で、親の扶養を離れて、次は会社に養われるようになった。結局、誰かにおんぶに抱っこされて生きる人生なのだ。
完全に一人で生きていくことはできないのだろうか。
会社は親ほど優しくはない。
養ってもらうためには、平日の大半の時間を捧げなければならない。
働くって、自分の時間と引き換えに、会社に、社会に、養ってもらうことなんだろうか。


いろいろ考える。文句ばっかり言っていても仕方がない。
この文句を解消する、現実に即した解決策はないのかと悩んでいると、Twitter平沢進が働くことについて語っていた。





平沢進はヘシオドスよりもよっぽど良いことを言う。


不本意な労働をするワタシタチはしっかり休まねばならん。